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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1846号 判決 1966年2月17日

被告人 服部竣一

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中業務上過失傷害の点につき被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人青木英五郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は原判示第二につき事実誤認を主張し、その理由の要旨は、被告人は本件交叉点に進入する際同交叉点を南北に通じる道路(以下便宜上南北道路と略記する)を走る車のないことを確認して車を乗入れたのであるから、この場合一旦停車するとか直ちに停車することのできるよう減速徐行する必要はなく、しかも被害者はそのスリツプ痕から推測して時速五〇キロメートル位で走行していたものと考えられ、被害者は被告人の車が交叉点にさしかかる以前にその前照灯の光を見ているにもかかわらず自車を減速せず漫然交叉点の附近まで車を走らせてから被告人の車を発見し、それを避けようとしてあわててブレーキを踏んだところ、現場が砂利道であつたために運転を誤まり自ら被告人の車の後方五〇センチメートル乃至一メートルの地点に単車と共に転倒したものと認めるのが相当であつて被告人の車の後部に接触したものではなく、被告人は本件事故について過失はない、というのである。

よつて所論にかんがみ記録を精査して案ずるに、被害者呉相虎が司法巡査に対し、被告人が本件十字路に進入するに際し一旦停車しなかつたと述べていることと、被告人が司法警察員に対し十字路に進入する際には呉のバイクの来るのには全然気付いていなかつたと述べていることとを併せ考えると、被告人は本件十字路に進入するに際し右方からの人車の通行の有無を確認せず(被告人の司法警察員に対する供述中左右の安全を確認して十字路に進入したとの部分は措信しがたい)南北道路を南進し来たつた呉の車輛を認め得ないまま減速又は一旦停車することなく十字路に進入したものと思料され、しかも実況見分調書によれば被告人の走行していた東西道路の幅員は、五・二メートルで、呉の走行していた南北道路の幅員は七メートルであり、かつこの十字路は左右の見通しの困難な交通整理の行われていない交差点であることが認められるから、被告人は左右の安全を確認することなくかつ交差点手前で何時でも停車しうる程度に減速徐行せずして漫然時速約二〇キロメートルのままで進行した点において不注意のそしりを免れないものと思料される。然しながら呉は司法巡査に対し時速約三五キロメートルの速度で事故現場に差しかかつたと供述していることと実況見分調書によつて認められる呉のスリツプ痕が一〇メートルであることを綜合すると、呉は三五乃至四〇キロメートルの時速で走行していたものと思料され、しかも、呉は司法巡査に対し、被告人の車が先きに十字路に進入したのを発見していながら、南北道路の幅員が東西道路のそれよりも広いから被告人が十字路に進入する際一旦停止するであらうと漫然軽信してそのまま進行を続け被告人の車が十字路の中央辺まで進行してきた際初めて危険を感じてブレーキをかけ、減速したが道路が砂利道のためスリツプしてバイクの前部が被告人の車の後方トランクの右横辺に当りバイクと共に転倒したと供述しているが、呉の進行した南北道路が、被告人の進行した東西道路に比し、明かに広い道路(道路交通法三六条)とはいえないから、本件交差点に進入するについては、呉も亦被告人について述べたと同様の注意義務があるにかかわらず之を怠つており、しかも本件は被告人の車が先きに進入している場合であるから、呉は道路交通法三五条一項に従い被告人の車輛の進行を妨げてはならないと解すべきであり、呉は交差点進入についての優先順位を誤解し運転者としての義務違反を犯したことは明らかである。

ところで、呉は前記のようにその単車の前部が被告人の車の後方トランクの右横辺に接触して転倒したと言い、本件事故発生直後現場の実況見分をしかつ被告人の取調に当つた司法警察員岡完の検察官に対する供述によれば被告人は事故直後現場で岡に対し、その車の右後部フエンダーの所を指示してここが衝突個所であると説明したのでその部分を見ると人さし指の大きさ長さ位の黒色のかすつた跡が横に二つ程あつたが岡の所持していた写真機がフラツシユの故障で撮影できず、事故の翌々日被告人を警察署へ呼出して取調べたところ被告人は前の供述をひるがえして接触の点を否認した、というのであり、被告人は捜査段階では自分の車の右後輪の後ろのフエンダーに黒いものが付いており呉の車がこの部分に当つて倒れたものと思い現場でそのように説明したが、翌朝ボロ切れで拭き取つたところ黒いものはきれいに取れてしまつたので呉の単車との接触痕ではなく何か他のものが付いていたのだと思う旨供述していて、被告人の車と呉の車とが接触したか否かは必ずしも容易に断定しがたいところであるが、両人の供述よりすれば、被告人の車に残された痕跡は人さし指大の横に並んだ二条の黒色痕であり、翌朝布でふいたらなくなり、他に格別の痕跡を残していないことになるので、むしろ右痕跡は、弁護人主張の如く、呉の単車がスリツプして横顛した後そのタイヤが被告人の車に接触して生じたものと解するのが自然であるし、更に実況見分調書によれば被告人の車が十字路に進入し車輛後部が十字路の中心を通過し終つた頃に接触したものと思料されるから、このこととも併せると、呉の前認定のような義務違反が本件事故発生の決定的原因であつて前説示のような被告人の不注意は単なる偶発的な要素であつて事故発生に帰責すべき条件を形成したものとは考えられず、従つて被告人の前記注意義務の懈怠と本件事故との間には因果関係の成立を認めがたい。原判決が被害者呉相虎の過失を看過若しくは軽視して被告人の所為と事故との間に因果関係の存在を肯定し被告人の過失責任を認めたのは事実誤認であり判決に影響を及ぼすこと明らかである。

ところで原判示第一、第二の各所為は刑法四五条前段の併合罪で一個の裁判を言渡すべき関係に在るから刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を全部破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所はさらに判決するのに、原判決の確定した第一の所為は道路交通法六二条、一一九条一項五号、罰金等臨時措置法二条一項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、労役場留置につき刑法一八条を、当審の訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 田中勇雄 三木良雄 木本繁)

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